きのみちブログ
ゆく河の流れは絶えずして
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・ 』
原文のいわんとしていることや
一般的な解釈などとは全然違うと思うのですが、
私にはすごく前向きな
生まれ変わってやろうと大きな野望を胸に抱かせてくれる
そんな意味合いをこの一文に感じながら最近過ごしています。
この文章は 鴨長明 方丈記 ですね。
詳しくはこちら → 中田敦彦のYouTube大学「方丈記」
出典:中田敦彦のYouTube大学
あと、合わせて思い浮かぶのは「諸行無常」ですね・・。
基本的にどちらも、「はかなさ」を伝えているようなのですが
個人的にはこの二つに全く違う印象を受けています。
かなり感覚的ですケド。
「諸行無常」はちょっと寂しげ・悲しげな印象ですかね。
あったものを失う感覚。
「驕れるものは久しからず」的な所ですね。
驕ってはいないにしても、いい時って続かない。
変わらないものってないよね。 という印象。
“無常”の響きが“無情”のイメージを与えているんでしょうか・・。
一方、方丈記のこの一文は何となく前向きな印象をうけます。
「ゆく河の流れ」には
「新陳代謝」や「生まれ変わり」 また 「成長」「継続」「進化」
を感じません?
かなり感覚的ですけど。
皆様のご意見も聞いてみたいところです。
私事ですが、早朝のスロージョギングが日課です。
もう10年以上続いています。
コロナ直前に浜松シティーマラソンへ参加しましたが
公式な挑戦はそれだけで、基本的にはほぼ自己満足
ただの日課として続けています。
そんなジョギングですが、
思えば時々でテーマ感が全然違っています。
・走りたくない気持ちを乗り越える
・毎月100キロ走る
・決めた日課をしっかりとこなす
・身体的な改善を図る
・朝の空気を楽しむ 日の出を楽しむ
・はたして「継続は力なり」はどんな力になるのか
など
今は
「いかに効果的に空気を吸えるか(笑)」がテーマです。
内臓もリフレッシュするくらいの呼吸法を会得できないか?
と考えています。
こんなイメージ ↓ (笑)
出典:ゆうゆうtimeサイト (https://youyoutime.jp/articles/10007038)
いわゆる
「私自身は絶えずして、もとの肉体・精神にあらず」
心も体も改造してしまいたいのでそのための呼吸法が
あるものかと模索しながら走るのが今のテーマになってます。
2024年。私は50歳でした。
節目ですね。50歳。人生50年。節目だなぁと感じます。
この年は大きな出来事がいくつかありました。
乗り越えられるのかしらと感じつつも
時間って流れていきますね。
なんとかなるものだと感じた部分と、なんともならない部分と
向き合った50歳でした。
2025年もなんかあるのかなーと思うと
ちょっと考えられないです。どうなんだろう。
ところで、私には師と仰ぐ方がいます。
皆さんにはいらっしゃいますか?
良い師やよい友人を持つことは重要とよく聞きます。
こうありたいなと感じる人物、人物像。
その様な方からの学びは効果がとても大きいようです。
なので、私は師と仰ぐ方に出会えて幸運でしたし
とても感謝させていただいております。
ちなみに私の師はプラス発想がすごい方です。
常に明るく、なんでもプラスにとらえてしまいます。
私もそうなりたくて目指していますが全然まねできません。
意識してやればやるほどその難しさを痛感します。
意識が及ばない、意識以上のネガティブな出来事や
環境、問題、そして感情が発生するからです。
問題が大きかったり、つらかったりするときほどプラス発想の効果
が大きいはずなのですが、ついついネガティブ感情に支配されて
しまいます。ホントまだまだです。
出来事はたった一つで、あとは自分の解釈だけのはずなんです。
プラスかマイナスは自分で決めればいいことなのですが・・・。
なかなか自分をコントロールしきれません。
つらい時こそ明るく、苦しい時こそ笑顔を忘れない。
難しいですねー。
それでも未熟ながらもこの考え方にずいぶんと助けられました。
「マイナスに考えてプラスになることは何一つない」
と日々自分に言い聞かせつづけた暗示の効果も若干あって
なんとなく乗り切れた所もあるのかもしれません。
もう一つ教えていただいていることで大事なこと。
「仕事は世の為 人の為におこなう。」ということ。
すごく共感しますし、私も常にそうありたいなと思っています。
当然、日頃頑張ってくださっている社員の皆さんの為にも
なってほしいし、サービスを受けていただくお客様には
当然お役立ちしたい。
シンプルな話なのですが
ついつい損得勘定やエゴが出てしまったりするので
日々自問する次第です。
それでも目指す姿、ありたい姿として
しっかりと「人の為」という理想を物事の考え方の真ん中に
置いておきたいと思っています。
この「人の為」という考え方が何となく自分の中に
根付いていることに気が付いたところもありました。
私が頑張ることで助けになる人たちがいるんだというところに
気が付けたことです。
ここに気が付き、意識をしていくと自分自身の存在価値が
自分の中で高まります。
頑張ることに張り合いがでるというか、喜びに代わるというか
うまく言語化できませんが
とにかくいろんな迷いがなくなってきますね。
役に立っている実感がわいてきます。そんなことを感じた50歳です。
毎年毎年、例年と何も変わらないまま
年齢を重ねてきた今まできていましたが
50歳の節目のこの一年はいろんな変化があり
かつての自分との違いをすこしだけ感じています。
これまで多くの方々にお世話になって生きてきて
今でも多くの助けによって何とか生きているわけですから
私自身もまだまだもっと周囲の方のために頑張りたいと思います。
三立木材という会社も
「一見変わらないけど、ずいぶん進化しているね!」
と言われたら最高です。
そうなるように社員の皆さんのお力を借りて
邁進し続けていきたいと思います。